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D&Dの背景世界について

ダンジョンズ&ドラゴンズにはさまざまな背景世界がある。だが、困ったことにそれらがいかなる来歴を持つものか、ルールブックやサプリメントで語られる情報は少なく、散逸している。

また、かつてあったが今はサポートが薄い世界や、他の世界に統合された世界もある。

前号が出た後、ルールブックなどで当たり前のようにに触れられているそれらのことについて知りたいという声が見受けられたため、この記事ではD&Dの様々な背景世界を簡潔に説明しようという大それた試みを行なう。

経験豊かな読者から見れば、あれが足りないこれが欠けていると気になる部分も多いだろうが、どうかご笑覧いただければ幸いである。

この記事の出典は日本語と英語の資料が入り乱れるため、日本語訳がある語は日本語表記と、必要があると判断した場合カッコ書きで英語表記を添える。定訳がない、あるいはマイナーと判断した語は英語表記にカッコ書きで日本語表記を添え、以降はその日本語表記を使う。

フォーゴトン・レルム

フォーゴトン・レルムとは、D&D第5版標準の背景世界である。ルールブックで描写される種族やクラス、モンスターなどは特に註釈がない限りこの世界の出来事やありようを前提にしている。レルムと略されることも多い。AD&D第1版の時代から途切れずに展開されてきた世界でもある。

第5版のレルムは惑星トリルのフェイルーン大陸、その北西部に広がる広大な辺境地帯、ソード・コーストと“北方”を主な舞台にしている。この地に領域を支配する大勢力はなく、都市や集落などわずかな文明の領域を除いては広大な未開地が広がり、モンスターや探索されざる遺跡などの危険と冒険に満ちている。そういうある種“ありがち”な中近世のヨーロッパをモチーフにしたファンタジー世界のはしりでもあるもののひとつがレルムである。

レルムの魅力はその野放図といっても過言ではない、さまざまなクリエイターによって拡張し続けられた広大さと多様さだ。

ハートランズと呼ばれる内陸地帯ではコアミアやセンビア、デイルランズといった国や諸都市が文明の花を咲かせている。その一方で、落星海を挟んだ東南の古き諸帝国は古代の地球から連れてこられた民がエジプト神話の神々を信仰し、近づき難き東方では死せる魔術師が治めるサーイなど、魔力に溢れた勢力同士がしのぎを削る……と、実に多様な文化、文明がひしめいている。

さらに、フォーゴトン・レルムはフェイルーン大陸だけではない。その“外”も少しご紹介しよう。

カラ・トゥア(Kara-Tur)

AD&D第1版で『Oriental Adventures』として展開され、後にフォーゴトン・レルムの一地域と再定義された東洋風ファンタジーの舞台がカラ・トゥアである。

フェイルーンの東に位置するカラ・トゥアには、大きく分けて西に大陸、東に島嶼部がある。

大陸部は北を山脈、南を山岳と密林に挟まれた平野部に、皇帝がしろしめし官僚による支配が行き届いた大帝国Shou Lung(ショウ・ロン)があり、その南にはショウ・ロンの対立帝によって建てられ、貴族たちの権力が強いT'u Lung(トゥー・ロン)、西にはフェイルーンへ続く大草原が広がる。

カラ・トゥアの島嶼部は、大まかに分けると将軍による政権が安定統治しているWa(ワ)、将軍の権力が失墜し、封建領主同士の争いが続くKozakura(コザクラ)がある。

ザハラ(Zakhara)

もっとも強大なジンニーや神々すら宿命に支配され、煌びやかな都市が点在する砂漠を遊牧民が駆け、広大な海には船が行き交い海賊が跋扈する。

そのような地域がAD&D第2版の『Al-Qadim』で紹介された、フェイルーンの南東部の半島、ザハラである。フェイルーンとは山脈で隔絶されているために海路しかなく、そこには宝石や貴重な産物を求める商人たちを食い物にする海賊たちがうようよしている。

この地では人種や種族はあまり重視されず、砂漠に暮らす民のアル・バーディア、都市に定住した民のアル・ハダールという生き方に帰属意識を持つ者が多い。

広大な砂漠に点在する都市は、そのひとつひとつが個性的で、冒険の舞台にふさわしい。

マズティカ(Maztica)

フェイルーンの西に広がる迷いの海を渡った先にある、ジャングルと砂漠、石造りの文明が特徴的な土地がAD&D第2版で展開されたマズティカである。『ヴォーロのモンスター見聞録』で紹介されたタバクシーの故郷でもある。

この地はかつてフェイルーンから来たコーデル船長率いる軍団に侵略され、多くの人が死に、神の降臨によってNexal(ネクサル)の都は火山の噴火で崩壊してしまった。フェイルーンでも見られるようになったカカオなどはマズティカからもたらされたものである。

第5版ではフェイルーンにやってきたタバクシーの様子から、第二次第分割で何かが起こったことが示唆されている。

さらに、第4版ではこれらがある惑星トリルと双子の世界で、創世の存在プライモーディアルと長老ワームに支配され、銀の空が広がる惑星アイビアの大陸がトリルに重ね合わされる形で迷いの海の彼方に出現した。この地は復活アイビアと呼ばれたが、第二次第分割を経た現在(第5版の時代)でどうなったかはさだかではない。

かように日々様々なものが試され、それを取り込み、増殖し続ける世界がフォーゴトン・レルムである。

また、日本語ユーザにはなじみが薄いが、アドベンチャーや小説で描写される事件は基本的にレルムで実際に起こったこととして処理されるのも特徴である。ルールブックでこれが君の世界だと再三繰り返しているのは、そういう事情もある。

ソード・コースト私論

そんなフォーゴトン・レルムが、第5版で舞台をソード・コーストという広大ではあるが全体から見れば狭い地域に絞ったのはなぜだろうか。

あくまで筆者の推測であるが、これまでのレルムはフェイルーンだけでも広すぎたのである。

色々な冒険ができると欲をかいて全部を紹介するより、キャラクターがいて彼らの住む街があり、そして冒険に行くダンジョンがある。そのようなD&Dの標準的な冒険を提示するには、広大な辺境地帯でウォーターディープなどの世界都市もあるソード・コーストや“北方”が丁度よかったのではなかろうか。

『魂を喰らう墓』以降のアドベンチャーでは舞台になる場所について詳細な解説をしているのも、そこを使った新しい遊び方の提示だろう。

また、これは英語限定なのがいかにも惜しいが、『Dungeon Masters Guild』というサイトで旧版の電子版を販売するサポート体制があるため、ユーザ側でやりたいことがあったり掘り下げたい設定があるなら、過去作から探すことができる。

これらが組み合わさり、第5版のレルムは長い中近世を過ごす辺境地帯のファンタジーに新生した。筆者はそう考えているのだ。

エベロン

大陸全土に波及し百年の長きに渡って続いた大戦、最終戦争が終結し、人や国が新秩序を模索する時代が舞台の世界。第3.5版の時代、公募から選ばれた新世界として立ち上げられた。

都市での冒険や国や有力者の陰謀劇、あるいは未知の大陸探検と、近代的な冒険をやるための諸々が揃っている。卑近なたとえを使えば第一次世界大戦が終わった頃の欧州が大きなモチーフのひとつと思しき世界である。

その一方でドラゴンやリッチ、フィーンドなど古く強大な存在も放逐されたわけではなく、歴史の裏で暗躍し、主な舞台のコーヴェア大陸でも高度な文明化は大都市や鉄道沿線に偏っている。これらもあって、荒野を冒険して遺跡やモンスターに挑む従来型の冒険もできるのが心憎い。

魔法技術を駆使する発明家のアーティフィサーがおり、生まれつき魔法の力を持つ者で構成されるドラゴンマーク持ちの多くが魔法の仕事に従事するなど、魔法が文明を支える産業として普及しているのもエベロンの大きな特徴だ。そしてそれは戦争のために創造された人造兵士、ウォーフォージドをも生んでいる。

また、エベロンはアドベンチャーや小説で生まれた設定を取り込まないし、世界の謎についての種明かしもせず、公式で時計の針を進めることもない(と、されている)。情報格差やコンセンサスを気にする場では、こういう気配りもありがたい。

日本語でも2020年9月下旬、この記事の執筆中に『エベロン冒険者ガイド 最終戦争を越えて』が出版された。およそ必要な情報や冒険のフックはこの1冊にまとまっているので、世界を知ってからキャンペーンを作って遊びたい人にも優しい。

グレイホーク

ダンジョン・マスターズ・ガイド』や『大口亭綺譚』などで触れられている背景世界。D&D創始者の1人、ゲイリー・ガイギャックスが自分のゲーム用に創造を始めた世界である。

ところは惑星オアースのフラネス地方。中でもフラネスの宝石と謳われ世界の名にも冠されている自由都市グレイホークと、グレイホーク城の地下に広がる大迷宮が世界の顔である。

世界の傾向としては、フォーゴトン・レルムと同じように中近世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー世界だが、パルプ小説の面影だろうか、幾分か荒っぽく怪奇趣味が強めで、抜け目ない無頼の者が結果として英雄や王になるような味だ。

テンサーズ・フローティング・ディスクビグビーズ・ハンドなど、発明者の名を冠した呪文の術者は、この世界を冒険したキャラクターやその周辺人物の名前でもある。

このように、初期はガイギャックスがプレイするゲームのために設定を書き、セッションを受けて新たな設定が記述されていた。そのため、当時を知る人の証言や記述に触れ、あの事件やNPCの由来はこういうことだったのかと昔に親しむ楽しみ方もある世界である。

「さすがアメリカは違うな」と言われる豪快な逸話の多くも、この世界が由来である。『大口亭綺譚』に収録されているアドベンチャーでそれを味わいたいなら、『巨人族を討て』がおすすめだ。

ドラゴンランス

これもルールブックでしばしば触れられている背景世界である。AD&D第1版からの伝統ある背景世界で、小説のドラゴンランスシリーズの舞台と説明した方が通りがいいかもしれない。

神々が人を見放した世界クリンのアンサロン大陸を主な舞台に、善と悪の相克、まことの信仰などの壮大なテーマが押し出されている。

ウィザードを束ねる上位魔術の塔やソラムニア騎士団のように、力や地位を持つ者は周囲から様々なものを求められる要素も強い。その重圧に煩悶したい人にもおすすめだ。

一方ではしばしば冗談にならないレベルのしでかしを起こすいたずら好きな種族のケンダーなど、コミカルな要素もある。どぶドワーフはかわいい。

レイヴンロフト

ダンジョン・マスターズ・ガイド』第2章でシャドウフェルについて解説されている項、そこで紹介される戦慄界のルーツになる背景世界がレイヴンロフトである。主にAD&D第2版で展開された。

ゴシックホラーを基調とした世界で根強いファンも多く、第5版でも『Curse of Strahd』の舞台になった。

ここは他の世界に突然現われる深い霧によって“招かれて”しまう疑似次元界の集合体なので、色々な意味で都合良く使いやすくもある。

これらの疑似次元界では、たとえばバロヴィアならそこを支配する“暗黒卿”、ストラード・フォン・ザロヴィッチ伯爵の精神性を反映して顕現する恐怖と堕落が冒険者たちを待ち受ける。

レイヴンロフトで悪へ堕ちた者は外に出ることが困難になるため、キャラクターを堕とそうとする闇の誘惑に抗うのもセッションでの楽しみどころになり、自然とホラーの味が出てくる。

旧版の“暗黒卿”は他の背景世界で暴れ回った悪の存在が“暗黒の諸力”から堕とされてなるものだったので、日本の一部ユーザからはしばしば超人墓場とも呼ばれていた。

なお、この背景世界の元になったAD&D第1版のモジュール(現在の用語ではアドベンチャー)の『Ravenloft』はドラゴンランスの小説の共著者でもあるトレイシー・ヒックマンと、妻のローラ・ヒックマンの共著である。

Masque of the Red Death(赤死病の仮面)

レイヴンロフトの拡張になる背景世界。魔法の力が衰えた1890年代の地球、Gothic Earth(ゴシック・アース)が舞台である。もちろん、この年代を扱ったフィクションなら定番の、シャーロック・ホームズやチャレンジャー教授、フランケンシュタインの怪物に切り裂きジャックなど、虚実が入り乱れる賑やかさも忘れてはいない。

この世界ではエジプト第三王朝のファラオ、ジェセル王と神官イムホテプが世界の外から呼び込んでしまった戦争や疫病でその勢力を増すRed Death(赤死病)と、アレクサンドリア図書館の賢人たちやアーサー王に仕えた魔術師マーリンなどの流れを汲むShadow Orders(影の騎士団)たちが暗闘を繰り広げていた。

キャラクターは世界を蝕む赤死病の使徒であるヴァンパイアのドラキュラ伯爵やラークシャサのモリアーティ教授などと、恐怖と狂気に彩られた戦いを繰り広げることになる。

多元宇宙

ウィザーズ・オブ・ザ・コーストを一躍世界的ゲーム会社に押し上げたTCG、『マジック:ザ・ギャザリング』の多元宇宙もD&Dの背景世界になっている。5e Zineの前号や今号にも記事があるため、それ経由で知った読者も多いはずだ。

この多元宇宙にはさまざまな特徴を持つ次元があり、そこを渡って知識や魔法を集めるのがTCGのプレイヤーことプレインズウォーカーだが、D&Dで主にプレイされるのは、TCGで使役されているクリーチャーの方である。TCGのプレイヤーなら、普段は顎で使っている彼らにも人生があることを身をもって体験できるはずだ。

この多元宇宙にある多くの次元はそれぞれ極端なほどの個性付けがされており、何をテーマにした世界なのかがわかりやすくなっている。それを反映したカードの現物や画像をそのままTRPGに流用できるのも、ビジュアルに拘る人には嬉しい。

ウェブで無料公開されている『Plane Shift』シリーズの他に、人気が高い都市次元ラヴニカを扱う『Guildmasters' Guide to Ravnica』、ギリシア神話風世界のテーロスを扱う『Mythic Odysseys of Theros』とサプリメントも発売されている。

5e Zineでも多元宇宙でD&Dをプレイする方々を様々な角度から応援する企画を行なうつもりだ。

そして、なんと2021年の夏にM:tGのセットとして『フォーゴトン・レルム探訪』が発売されることが決定した。この時期に予定されていた映画が2022年に延期されてしまったのは残念だが、これらに合わせた何らかの展開があるかもしれないので、今後とも目は離せない。

Wildemount(ワイルドマウント)

英語圏で大人気のセッション配信『Critical Role』から生まれた新しい背景世界Exandria(エグザンドリア)。D&D第5版ではワイルドマウント大陸がキャンペーンの舞台で、『Explorer's Guide to Wildemount』が書籍化された。

ワイルドマウント大陸では千年以上の歴史を持つDwendalian Empire(ドゥエンダリアン帝国)と、ドラウやゴブリン、ミノタウロスなど、他の国でモンスターとみなされていた民がLuxon(ルクソン)信仰の下に集った新興のKryn Dynasty(クリン朝)の間で緊張が高まり、今まさに戦端が開かれようとしている。そしてそれはキャラクターの生活や冒険にも影を落とす……と、エベロンとは異なる形だが、こちらもキャラクターの間を貫く時代の潮流として戦争が使われている。

一面的な正義や悪の勢力を描かないことに気を使っているようで、どの国や勢力にも明暗がある。そのようなところも特徴のひとつだろう。

ネンティア谷

D&D第4版で、これまでの要素を受け継ぎながら新しいものとして提示された背景世界。山岳地帯に囲まれた平原、ネンティア谷が舞台である。

この世界は諸種族、諸帝国が興亡を繰り返し、現在はヒューマンのネラス帝国が滅亡して数百年が経ち、大幅に文明が退潮した時代を迎えている。そのため、昔のことや世界の全体像はよくわからないのが特徴のひとつだ。そしてその中に、恐怖の島や恐怖の墓所、地底の城塞など、D&D伝統の名称がさまざまな形でほのめかされている。

また、第4版では宇宙観も天の海であるアストラル海と、すべてが混じり合った元素の渾沌の間に物質界とさまざまな次元界が浮かび、それらの下で世界に開いた深淵であるアビスが口を開く、世界軸(『ダンジョン・マスターズ・ガイド』P.44)に刷新された。このように第4版は背景世界が大きく変更されたが、その展開は苦難の連続だった。

ネンティア谷の外へ出るために必要な世界の概観を解説するサプリメントの出版は中止され、世界の情報はサプリメントやオンラインサポート誌のDragonに載った断片的な記述と、ボードゲーム『Conquest of Nerath』で使われたネラス帝国の地図くらいになってしまった。

しかし、旧版の要素を拾いながら新しい物語を語っている第5版のアドベンチャーを見るに、旧来の要素を再話するための方法論としては継承されている。と感じるのは筆者の贔屓目だろうか。

ネンティア谷と世界軸宇宙観は、第5版では「“暁の戦”のパンテオン」やフェイワイルド、シャドウフェルなどが継承されている。

ミスタラ(Mystara)

かつて新和が日本語版を展開していた赤箱のD&D。現在はClassic D&D、あるいはベーシック、エキスパート、コンパニオン、マスター、イモータル……のセット名から頭文字を取ったBXCMIなどと呼ばれているバージョンの背景世界がミスタラである。カプコンのアクションゲームもこの世界が舞台だ。ノウン・ワールドとしても知られる。

様々なモジュールで冒険の舞台や背景として設定が開示されていくとともに、背景世界そのものを解説するサプリメントも出版された。

この背景世界もまた、中近世ヨーロッパ風のファンタジー世界である。Classic D&Dが登場した時期はAD&Dが出版され、グレイホークも準備されつつあったが、それはゲイリー・ガイギャックスの個人的なものとされ使われず、ミスタラが創造されたと元TSRのローレンス・シックは記している。

ミスタラでもっとも有名なのはカラメイコス大公国や、多くの冒険者がホームタウンにしたスレスホールドであろう。1980~90年代のD&Dを知る方なら、どこかで聞いたことがあるかもしれない。

Hollow World(ホロウ・ワールド)

惑星ミスタラはその内部が空洞であり、そこには外側から入るのは簡単だが出るのは難しい、日の沈まぬ地底世界ホロウ・ワールドがある。ここには恐竜などの古代生物や、地上にはいない種族たちが住んでいる。

Red Steel(レッド・スティール)

同名のモジュール『荒れ果てし海岸』の舞台になった辺境の荒れ果てし海岸は、後にこの地特有の呪いRed Curse(赤き呪い)やそれによる変異、火薬などが後付けされ、AD&D第2版で開拓者たちが訪れる半ば独立した背景世界になった。

余談であるが、この背景世界は1996年に『Savage Coast』として電子版が配布された。電子版の嚆矢としての記念碑でもある。

ミスタラはどこへ行った?

新和、メディアワークスが展開していた時期にD&Dをしていた方が、D&D日本語版をホビージャパンが展開するようになってから再開し、当時と様変わりしている様子、特にミスタラの面影がないことに戸惑っている様子が多く見られた。

この経緯については、アメリカと日本でのD&D事情の違いから来ているものが大きい。

最初のD&Dとサプリメントが出た後、そのラインは2つに分かれた。片方はゲイリー・ガイギャックスが主導するルールとデータを拡張していくAdvancedを頭につけたAD&Dのシリーズ、もう片方がジョン・エリック・ホームズが携わった若年層にもわかりやすい簡易版で、こちらがD&Dの名を継いだ。

最初のコンセプトではD&Dでゲームに慣れたらAD&Dにステップアップするように想定されていたが、非常に売れた結果もあったのだろうが、D&DはAD&Dとは別のゲームに分離した。

日本ではD&Dがある程度定着したところにAD&D第2版が輸入されたが、AD&Dは振るわなかった。そのため、日本でD&Dといえば赤箱のゲーム、Classic D&Dの時期が長く続いた。

一方、アメリカでは徐々にAD&Dへの注力が進み、D&Dは終息へと向かった。そうした流れの中でミスタラもAD&D用のサプリメントが出たが、その頃のAD&Dでは背景世界として既にフォーゴトン・レルムが主流になっていた。

そして運命の1997年。ウィザーズ・オブ・ザ・コーストがTSRを買収すると、AD&Dをわかりやすく改訂したAD&D第3版にあたるバージョンにD&Dのタイトルをつけ、アメリカのオールドファンには懐かしいグレイホークを背景世界に売り出した。これが日本ではホビージャパンが展開したD&D第3版である。

その際、乱立していた背景世界はひとまずグレイホークとフォーゴトン・レルムまで絞られた。

というわけで、現在展開されているD&DはAD&Dの系譜である。ミスタラはどこに行ったかというと、ウェブサイト『Vaults of Pandius』などファンベースの活動だけである。

このずれは現在にも若干後を引き、過去の版を遊んでいた世代にも向けたアドベンチャー集『大口亭綺譚』に収録されている懐かしのアドベンチャーはAD&Dのもので、日本のオールドファンにとっての原体験であろう『国境の城塞』や『恐怖の島』は収録されていない(これらをリメイクしたものはGoodman Gamesから出版された)。

以上、長くなってしまったが、これが今に続いているかもしれない日米D&D事情のずれと、消えたミスタラの経緯である。

ダーク・サン(Dark Sun)

秘術魔法で大破壊が起こってしまった世界、アーサスが舞台のポストアポカリプスな背景世界。AD&D第2版、およびD&D第4版で展開された。

世界は砂漠に覆われ、神々の声も届かなくなったアーサスは、周囲の生命力を枯らし、世界を滅亡へと導いた秘術を行使する妖術王たちに牛耳られている。荒廃した世界で、キャラクターは鍛え上げた肉体の力や自身の内面より発する信仰魔法、禁断の秘術魔法、そして精神の力サイオニクスなど、己の力を頼みに生き抜かねばならない。魔法の立場が悪くなっており、そのためにサイオニクスが他の世界より重要な位置にあるのもダーク・サンの特徴だ。

また、アーサスでは金属がとても貴重なため、武器はもっぱら黒曜石や骨、木で作られている。金属鎧も酷暑と金属の貴重さから普及していない。このため、中近世がモチーフのソード&ソーサリーならぬ、それよりも古い古代ローマなどの時代がモチーフのソード&サンダルな世界としても人気を集めた。

この過酷な世界ではいつもの種族も様変わりしている。砂漠の漂泊民となったエルフや、人食いなどの風習を持つ古き民ハーフリングが代表例だ。

などなど、様々な意味でオンリーワンなダーク・サンには熱心なファンが多く、展開が止まっていた第3版時代もサポート誌Dragon Magazineや有志のサイトでプレイ用のデータが提供されていた。

Ghostwalk(ゴーストウォーク)

第3版末期に出版された、死後の世界を扱う背景世界。既存の背景世界に追加し、キャラクターが死んだ後も冒険を続けられるようにするオプションの側面もある。

死の国の近くにあってゴーストが実体化する死者の街Manifest(マニフェスト)が舞台で、ここに流れ着いたキャラクターが一風変わった世界で冒険をすることになる。

Rokugan(ロクガン)

第3版の『Oriental Adventures』で採用された東洋風ファンタジーの背景世界。Alderac Entertainment Groupが展開するTRPGやTCG、『Legend of the Five Rings』の世界である。

主な舞台となるロクガンの地は、皇帝を頂点に頂き、地方統治を任せられているClan(氏族)に支えられた帝国が統治している。氏族同士は古くから暗闘を繰り広げており、自分たちの息がかかった皇帝を擁立せんと陰謀劇を繰り広げている。

帝国の外を見れば、南西にある瘴気漂うShadowlands(影の地)からはモンスターやオニが現われ、ロクガンの民すべての敵となっている。

ディアブロII(Diablo II)

ブリザード・エンターテイメント社の大人気オンラインRPGのTRPG版。AD&D第2版とD&D第3版で展開された。

専用のデータをふんだんに使い原作のプレイ感覚が再現され、知っている方にはおわかりだろうがポーションをガブ飲みしながら呪文をバンバン撃てる。

これでも公式が出したD&Dのロゴがついた製品ではあるが、英語のサプリメントや雑誌を採用した環境でもしばしば使用禁止になった。

バースライト(Birthright)

キャラクターが神々に連なる王族になり、領土を経営することにテーマを絞った背景世界。AD&D第2版で展開された。

舞台はAebrynis(アエビリニス)と呼ばれる世界のCerilia(ケリリア)大陸。この地ではかつての大戦で砕かれた神々の血を浴びた英雄たちの血を引く領主たちが群雄割拠している。

この状況の中でキャラクターは神々の血が発現した者として宮廷を形成し、領地の経営や冒険、戦争を行なって乱世を生き抜くことになる。そのため、このサプリメントには領地経営や大規模戦闘のルールも準備されていた。

プレーンスケープ(Planescape)

それ自体はAD&D第1版の『Dungeon Master's Guide』から存在していた大いなる転輪を掘り下げた背景世界。AD&D第2版で展開された。

なかでも秩序対混沌、善対悪の宇宙的対立からなる外方次元界についての描写は、その壮大さを描きつつも悪へ堕ちたセレスチャル、善の心を持つフィーンド、属性ではなく世界認識から成立したFaction(派閥)が蠢く“扉の都”シギルなど、対立構造の相対化も行なった。

また、サプリメントの『On Hallowed Ground』では実在する神話を大いなる転輪の宇宙観で再解釈し、データ化した。

今でもその遺産の多くが次元界についての設定、描写に引き継がれ、D&Dの血肉になっている背景世界である。

Historical Reference

世界史のさまざまなシチュエーションをD&Dでプレイするサプリメントのシリーズ。AD&D第2版で展開された。

1冊で1つのテーマを扱い、ヴァイキングをプレイする『Vikings Campaign Sourcebook』、シャルルマーニュ大王の時代をプレイする『Charlemagne's Paladins Campaign Sourcebook』、ケルトの戦士をプレイする『Celts Campaign Sourcebook』、ヨーロッパが新しい時代を迎えつつあるエリザベス1世の治世をプレイする『A Mighty Fortress Campaign Sourcebook』、古代ローマをプレイする『The Glory of Rome Campaign Sourcebook』、古代ギリシアをプレイする『Age of Heroes Campaign Sourcebook』、十字軍の時代をプレイする『The Crusades Campaign Sourcebook』が発売された。

これらはそれぞれ、その時代の簡単な解説や、キャラクターのオプション、装備、魔法を導入する際のガイドラインなどがパッケージされている。

スペルジャマー(Spelljammer)

D&Dの物質界に他の天体やWildspace(宇宙)を追加する背景世界。AD&D第2版で展開された。

この背景世界を導入すると、既存の背景世界は宇宙に浮かぶ天体の1つだったことになる。そしてキャラクターたちは天翔ける船、ジャマーシップに乗り、空を越え、宇宙旅行へ旅立つのだ。そこには、さまざまな種族による諸帝国や宇宙海賊、そして星ほどの大きさもあるクリーチャーなど、今まで知っていた狭い常識を破壊する神秘と驚異に満ちている。

この星系は透明な殻に包まれ、これをCrystal Sphere(水晶球)と呼ぶ。水晶球の外は七色にきらめく可燃性のPhlogiston(燃素)が流れており、これの流れに乗って他の水晶球へ行くこともできる。

スペルジャマーではグレイホーク、フォーゴトン・レルム、ドラゴンランスの世界を拡張して星系全体を解説する形で世界が発表された。

ランクマー(Lankhmar)

ファファード&グレイ・マウザーや二剣士と呼ばれるコンビを主人公にしたフリッツ・ライバーの小説を原作にした背景世界。AD&D第1版から第2版まで展開した。

小説の舞台であるネーウォンと呼ばれる世界で最大の都市、ランクマーを舞台にした冒険をプレイすることができる。

ハイボリア時代

アーノルド・シュワルツェネッガー扮するコナンのスチルが表紙に使われた、映画『コナン・ザ・グレート』と同時期に出版された『Conan Unchained!』から始まるCBモジュールには、彼が冒険するハイボリア時代の背景についての記述や追加ルールが含まれていた。

ハイボリア時代とは地球の超古代。いまだ怪奇な存在が地表を歩いていた頃で、作者のロバート・E・ハワードはラヴクラフトやクラーク・アシュトン・スミスと親交があったため、彼らの作品の古代描写と通じるものも多い。

ブラックムーア(Blackmoor)

D&D史上2冊目のサプリメント『Blackmoor』には史上初めて公開されたD&D用のアドベンチャー、「The Temple of the Frog」が付属しており、冒険の舞台についての設定も記述されていた。

これこそがD&D創始者の1人、デイヴ・アーネソンが創造した背景世界、ブラックムーアである。元々はゲイリー・ガイギャックスが主催するミニチュアゲームのキャンペーンで担当していた一地方だった。

その後アーネソンはTSRから離れ、ブラックムーアについての設定を取りまとめた『The First Fantasy Campaign』をJudges Guildから上梓した。

TSRに残ったブラックムーアは2つの運命を辿ることになる。1つはゲイリー・ガイギャックスがミニチュアゲームの世界から発展させ続けてきたグレイホークに残る地名として。そしてもう1つは、アーネソンもモジュール作成に関わった、ミスタラ世界にかつて栄えた古代文明として。

この地では光線銃やロボット、宇宙船など、SF世界の超技術が見え隠れする。第5版の『ダンジョン・マスターズ・ガイド』にもその名残がある。

トーチ・ポート

第3.5版の日本語展開で、D&Dを初めてプレイする人たちに便利な街を、というコンセプトで展開されたホームタウンの設定。それがトーチ・ポートとファーガンド大陸である。冒険に必要そうな施設や設定が一通り揃い、ウェブである程度が公開された(現在も公開中)。

ホビージャパンによるシナリオの背景世界としても共有され、後に『君が作る街、トーチ・ポート』としてd20サプリメントも発売された。

リプレイ『若獅子の戦賦』でも使われ、それにD&Dロゴがついていたので、ここに紹介する。

その他の諸世界

さて、めぼしい世界を解説してきたが、第3.5版の『赤い手は滅びのしるし』のエルシア谷や、AD&D第2版でドラゴンをプレイする『Council of Wyrms』専用の背景世界Io's Blood Isles(イオの血島)などのように、モジュールやアドベンチャーのために作られた小さな世界はそれこそ無数にある。

サードパーティがD&Dロゴを取得してリリースした背景世界も『Kingdoms of Kalamar』や『Warcraft』など、いくつかのものがある。

しかし、それらのすべてを書き記すのには筆者の知識や体力、時間が足りない。今回はひとまずここで筆を置くことにしよう。

そして、あなたの世界へ旅立とう

ガイギャックスはD&Dを世に出した当時、背景世界はユーザが創造するものと考えていたようだ。グレイホークの出版を望む声が多く驚いたという逸話も残っている。

現在でも、『ダンジョン・マスターズ・ガイド』には背景世界を創造するためのノウハウが豊富に紹介されている。

『ロードス島戦記』も最初はコンプティークに連載されたD&Dのリプレイ(D&Dでプレイされた雑誌掲載分は単行本化されていないため、幻となっているが)として出発し、現在でもD&Dのゲームシステムなどを下敷きにしたファンタジー小説は無数にある。

ロード・ブリティッシュことリチャード・ギャリオットなど、コンピュータゲームのクリエイターにもD&Dの洗礼を受けた者は多い。

このように、D&Dが世界創造者に与えたイマジネーションははかりしれないものがある。

これまでは既知の世界について解説してきたが、本項のしめくくりは、世界創造の勧めだ。

世界創造といっても、何も天と地の間にあるものすべてを造るわけではない。まずはあなたのPCの活躍を語る狭い箱庭から始めることもできる。

あるいは、既存の背景世界を使っていても、そこでセッションを行なうと、ルールブックやサプリメントに書かれている情報を逸脱し、あなたの世界が描写され構築されていく。

世界を創造する遊びでもあるTRPG。そのちょっとしたコツをご紹介しよう。

巨人の肩に乗る

D&Dの世界に存在するほとんどのものには、既に何らかの設定がついている。そのため、あなたはそれを流用し、そこにはまらない特別なものごとを記述することで世界を構築できる。

これを使えば、あなたが興味の赴くままに世界を作っても、残りはD&Dの設定がカバーしてくれる。ゲームを遊びながら設定を固めてもいい。

記録する

セッションの記録をつけると、それは背景世界の歴史を記録した設定になる。何も小説やリプレイにする必要はない。印象に残ったことをメモするだけでも、量が増えればそれなりのものになる。

他の参加者からの感想なども募ると、同じ世界を別の視点から見ることもできる。

セッション間で背景世界を共有する

あなたが単発セッションをメインにしていても、背景世界を共有すれば、あなたの世界に継続性を与えられる。酒場を使い回す、セッション毎に時間を経過させて年表を作るなどがおすすめだ。

背景世界とは断章の集積である

TRPGの背景世界は、小説などのまとまった文章で記述しなくても、設定やデータなど断片的で雑多な情報で構成できるのが文芸としての強みだ。

さらに設定の語りやさらなる構築、解釈を伴い、物語が生まれるセッションと組み合わせることで、より手軽に達成感を得られる仕組みが生まれる。

さて、次はどの世界に行くとしようか……。

出典

この文書は2020年11月発行の同人誌5e Zine vol.02に寄稿したものを加筆、修正したものである。